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グレイテスト・ショーマンはエンタメに取り憑かれたあなたこそ見るべきだ。世界最大の祭典がそこにある!

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アーアーアアアー(ドンッ!)
どうも、つむじです。大ヒットの映画の紹介というのもなんので、今回は「映画の面白さは爆薬の量と比例する」とか普段から言うタイプの映画ボンクラから観たエンタメクソ野郎一代記としてのグレイテスト・ショーマンの感想をつらつらと書いていこうと思います。


というわけで今年の世界一カッコいいOPが来ましたよ! 最初の5秒で「あ、傑作だ」と確信できるので、まだの人はぜひ劇場で観て頂きたい。特にイベントのオーガナイザーや劇団主催、加えてプロデューサーと名のつく皆様にとっては他人事ではない作品なので、強くオススメします。

原初の“ショーマン”

今作のモデルになっているのは1800年代に活躍した興行師P・T・バーナム。彼を興行師と呼ぶかペテン師と呼ぶか、捉え方は様々。
今作はオペラやバレエといった「ショーを観る」という行為は特権階級だけのものとされた時代に、彼が原初のショーマンとして、日陰者であるオディティーズを集め、誰でも観られるショービジネスを始める…という物語。パンフレットなどを観る限り、史実を元にしたフィクションというスタンスの作品です。

ここからはネタバレも含めた話になりますので、ネタバレだと?クソ食らえ!という方は、ページをそっと閉じるか、パーフェクトソルジャー村田のHIPHOP話を読んでください。役に立つぞ!

※以下ネタバレ多数※

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最初に筆者のスタンスを明確にすると、今作は以下の部分にシビれたので、その辺りを中心とした話をします。

    ・野望に正しい動機がつくも、それを忘れやがて呪いへと変わる物語
    ・願いと資質の不一致
    ・偽物と本物の対立と脱出への道

ペテン師はどこまでいってもペテン師

ヒュー・ジャックマン演じるバーナムは、何者でもない貧しい自分にコンプレックスを持ち、上流階級出身である妻に昔と同じような生活をさせたいと思い奔走し続けています。元来アウトサイダーであり嘘つきの彼は物語の最初に博物館を作り失敗。今考えてみると博物館をつくったというのは後に火を噴く社会的に認められたいという彼のコンプレックスの現れにも思えます。
その後、娘の一言から鳴かず飛ばずの博物館を大胆に改装し、新たに手を付けたのはオディティーズのショウという奇策。幼少期にオディティーズから受け取ったりんごの小道具が下品すぎない伏線として活きていて素晴らしい。
この時点で社会の最下層でうごめく負け犬のバーナムは、同じくアウトサイダーであり、社会から隠れるように暮らしていたオディティーズを集め、下世話なエンターテイメントを創造することに見事成功。財産を手に入れ、最高の野蛮なる仲間たちに囲まれるも、世間は彼を認めず、芸術の分からぬ下賎の輩とこき下ろした。
このアンバランスな状態が彼を「上流階級に認められる成功」の妄執へと導いていってしまうのです。

願いと資質の不一致

バーナムの持っている資質は下世話で人の目を引きつける興行をカジュアルに行う部分にあり、得意なことをいくらやっても求めた成功へとたどり着けないという皮肉を孕んでいます。(これは思い当たる方は結構いるのでは? 例えば小劇場を使わせると小さな劇場を逆手に取った天才的な演出ができるが大箱のシステマチックなスタッフワークはあまり……という演出家、例えば200人キャパのライブハウスは客席と一体となった異常なグルーヴを作り出せるがそこから先の大箱になるとうまく噛み合わないバンドなど……)
劇中、バーナムはサーカス全体の状況の打破というよりは、自らの状況の打破の為に上流階級向けの興行で人気のプロデューサー、フィリップ・カーライル(演:ザック・エフロン)を一座に誘います。
彼に求めたのは上流階級とのパイプ。しかし誘われたフィリップはフィリップで、バーナムの自由奔放な無頼の生き方に魅力を感じ一座に加わり、身分を超えた恋に落ちます。(ちなみにこのバーでの交渉シーンはニヤニヤしてしまうほどにかっこいいので是非真似をしたい。)

ここで浮き彫りになるのが「願いと資質の不一致」だ。ゲリラ戦を得意とするバーナムは芸術に焦がれ、上流階級での戦いを得意とするフィリップはエンターテイメントに焦がれる。共に求めるものと資質が不一致であるという運命のイタズラ。素晴らしい配置!

本物に身を焼かれ、道を見失う

フィリップのコネでイギリス女王陛下との謁見へとこぎつけたバーナムは、そこで出会った本物の才能をもつ歌姫ジェニー・リンドに目をつけ、全米ツアーを持ちかけ承諾される。
迎えたジェニー・リンドのN.Y.公演初日、万座のオペラハウスで彼女は本物の歌を披露。(確かにあんなのを聴かされたら身を焼かれる!)

本物の芸術に感動してしまったバーナムはここで上流階級に認められたいという方向へと完全に舵を切る。昔の仲間をフィリップに押し付け、上流階級に馴染めないという同じ傷を持つジェニーとツアーへと出る。ツアーは新聞で絶賛されるほどの成功を収め、ジェニーはバーナムに関係を迫る。しかしエンタメクソ野郎のバーナムは「え、マジ?」といった具合に動揺しつつこれを拒絶。「心の穴はどんな喝采でも埋まらない」と語る彼女は自分を肯定してくれる誰かを求め続けていたのだろう。故に同じ傷を持ったバーナムに想いを寄せるが、バーナムのコンプレックスとは起源は近くとも、求めた終着点が違ったのだ。

このすれ違いによりツアーは破綻。劇場、財産そして家族すらも……。資質と噛み合わない人生を歩んだためにすべてを失ったバーナムはバーで虚空を見つめる。そこに現れたのは彼が背を向けたオディティーズ達。

本物に身を焼かれても偽物であり続ける

オディティーズ達は結果として名実ともにペテン師となってしまったバーナムを「それでも家族を与えてくれた」と肯定し、再起を迫る。これにバーナムは「これからは光に目がくらむことはない」「誰のために始めたことかを思い出した」と歌い、ゲリラ戦の真骨頂であるテントでの公演へと返り咲く。(劇中歌『From Now On』のラストの三声コーラスはシケた元バンドマンの胸に在りし日を思い起こさせるよ!ああっ!)

そして物語は冒頭、霧散してしまった幼少期にバーナムが思い描いた夢の『THE GREATEST SHOW』へと帰結するのである。鮮やか!
永遠の夢とも思えるその舞台の最中、バーナムは弟子でありパートナーのフィリップに主役の座を譲り、家族の元へと走る。その表情は以前の自信に満ち溢れたペテン師のそれだ。
主役がフィリップに交代し、ショーはクライマックスへ。曲も今までの「先導するバーナム、続くオディティーズ」から「オディティーズの中に在るフィリップ」へと歌割りが変化。ここだけでフィリップがアン・ウィーラーとの愛だけでなく、真に彼らの一員となったことを鮮やかに示している。お、お見事!
一方のバーナムは彼にとって最高のショーは何なのかを見つけ、家族の元へとたどり着き、娘の舞台を妻と一緒に観るのでした。なんてこった…大傑作だ。

偽物であることを受け入れられる資質

本物に憧れ、呪われてしまったバーナムがかつての仲間のところに戻り、偽物であることが自分の本質だと受け入れ再起、そして後進に道を譲り自分にとっての最高のショーが何かを見つける。この偽物であることを受け入れたというところにシビレました。他にも『This is me」の雪の中の行軍やワークショップでのキャラクターが実在し始める瞬間、『The Greatest Show』のダイナミクスレンジが詐欺師の手法のそれで素晴らしいとか、エンドロールのコンセプトアートの素晴らしさなどにも触れたいところですが今回はこのへんで。

Writer
宮下つむじ

世界を旅するボンクラ・ライター
飲み屋で聞いた面白い話程度の精度で情報を発信します

 

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